こんにちは!鈴山ミミーです。
最近、HSPについて取り上げられた記事を、よく見かけるようになりました。
「わたし、これだわ・・・!」
心当たりがあり、HSPについてネットサーフィンしていたところ、
ん?外向型HSP?
刺激追求型?
HSS?HSCにHSE・・・??
なんだかいろいろタイプがある?ようですが・・・
ん〜 私はこれなのかなぁ〜
でもこの説明とはちがうしな〜・・
と、正直、なんだか ピーン!とは来なくて。
そこで今回は、ちまたで見かけるいろいろなHSP情報ですが、
HSPの立場から、
「HSPの2つのタイプと、理想の生き方について」
を超個人的見解でまとめました。
「内向型か、外向型か・・・はたまた刺激追求型か・・・?」
ということには深く触れていません。
結論からいうと、
タイプはこの2つに尽きると思います。
科学的な研究はきっと、もっともっと複雑だけど、この記事を読んでいただくことで
・どうすれば、本当にやりたいことが見つかるのか
を、知っていただくことができるかと思います。
私自身、なんだか周囲とは違う、繊細すぎる、面倒な性格と長年向き合い、付き合ってきました。
自己分析とトライアンドエラーを繰り返すことで、たびたびの紆余曲折がありましたが、
今は好きな仕事をして、人間関係で悩むことも少なくなり、だいぶ生きづらさを手放すことができました。
何より、自分の人生を自分らしく、しあわせに生きられているように思います。
幼かった頃や、学生時代の自分に、大人になったらもっとラクで楽しくなれるよ!っておしえてあげたい。
学術記事などとはちがうかもしれませんが、わたしの考え方がしっくりきて、
参考になる方がいたらうれしく思います。
超個人的なまとめです。ご了承くださいませ!
- HSPとは(脳科学をシンプルに解説)
- HSP:悩みの種である「共通特性」はこの3つ
- 外向的?刺激追求? HSPについて図解してみた
- HSPが理想の人生のためにするべき行動
- HSP向け:人生を変えたい時におすすめの本7選
- HSPだからこそ、やりたいことは見つけられる
HSPとは(脳科学をシンプルに解説)
HSPの特性というのは経験や学習による後天的なものではなく、
生まれつき、脳の扁桃体のはたらきが活発なために備わっている性格だと言われています。
この「扁桃体」は、なにかを見聞きした時に、瞬時にそれが生存に関わることかどうかを判断します。
そして危険だと判断した時には、「不安」や「恐怖」といった感情により、その状況を回避しようとします。
このはたらきが強いということは、センサーが敏感で、とても用心深いということですね。
これは身体に害を及ぼす危険だけではなく、
たとえば、
人の不機嫌な表情や、怒っている声色に対して
「良からぬことに巻き込まれるかもしれない・・・」と好ましくない事態を想定したり、
ショッキングな事故映像を見せられたら
「自分もこうなったら大変だ・・・」とリアルな想像をふくらませてしまったり、
日常生活の中でも常々このセンサーを働かせて、HSPではない人よりも不安や恐怖を度々感じていることになります。
ふつうに、めちゃくちゃ疲れますよね。
ちなみに、この扁桃体のはたらきを制御しているのが「前頭前野」。
前頭前野では、理性的な状況判断を行っています。
つまり、前頭前野のはたらきをしっかりサポートしてあげれば、扁桃体がいきすぎた不安や恐怖の感情をつくり出すことを、幾分抑えることができるわけです。
そうした意味でも、HSPについて知り、論理的に攻略していくことはとても大切だと感じています。
HSP:悩みの種である「共通特性」はこの3つ
HSPの特性を判定するチェック項目にはいろいろありますが、HSPの根本の根本、
悩みの種になりやすい「これは共通なり!」というものは、以下の3点にまとめられるのではないかと。
② 感情をともなうことは、些細なことも覚えている(ネガティブ・ポジティブの両方)
③ 深い考察や、内面世界の充実を大切にしたい
それぞれについて、私のケースで簡単に説明したいと思います。
人のきもちが分かってしまう(共感性が高い)
テレパシーではないし、第六感があるというわけでもないのですが、
悪意のある発言や嘘が、分かってしまう。
そして、そうしたことを言う人(相手)って、特に学生の頃なんかだと決まって、友達が少ないことが多い。
集団生活している中で、みんな付き合いたいとは思わないんですよね。
で、その人が孤立しているという状況の気持ちも察して、気にかけてしまう。
↓
結果、その相手になぜか好かれる。(分かってくれるのはあなただけ〜みたいな)
↓
一緒にいて、疲れてしまうこともしばしば。
そんな経験、ありませんか?
私、こんなことの繰り返しでした。
意地悪をしてくる人のきもちにも気付いてしまうけど、逆に、好意を持ってくれていることにも気付きます。
「あ、この人も、人の気持ちを察するタイプの人なんだな」という人からの好意が、私にとって一番安心で心が許せる人間関係です。
大人になってからは、深い話をした時の相手の反応で、この人はHSP的な特性があるかどうか?が結構分かるような気がしています。
感情をともなうことは、些細なことも覚えている
わたし、異常に記憶力がいいと言われることがよくあります。
なんでそんなこと覚えてるの?と。
これはネガティブなこと、ポジティブなことの両方にあります。
ネガティブなことだと、
・他人のデリカシーのない言動
・自分自身の言動への後悔(←すごく引きずる。一番タチが悪い)
・非人道的な映像 等...
もう絶対にいやだ!とその場面ごと記憶に焼き付いているので、同じことを繰り返して再度ダメージを受けないよう、そうした状況をつくらないよう回避して生きています。
(人からこう言われた時にはこういう言葉を返そうとか、こういうこと言ってくる人とは極力会わない、とか)
ある意味、臆病だけれど、学習能力は高いです。
一方、ポジティブなことだと、
・心揺さぶられる感動
・成功体験
・自分への共感の喜び 等...
正直、こちらの方が数が少ない。(人生ってそういうものですよね)
でも、その時のきもちを思い出すと、心の中がじゅわ〜と潤って、極度に疲れている時とか場面によっては、それだけで泣けます。
こうした鮮明に残るほどのポジティブな記憶を、時々思い出しては反芻して噛みしめることが、
生きていく上でのこころの糧、支えになっているとも言えます。
深い考察や、内面世界の充実を大切にしたい
上記の2つの特性でわかるように、日常生活だけでも、キャッチする情報量がめちゃめちゃ多い。
(感覚過敏な方も多いと思うので、そうした感覚刺激の情報もまたプラスとなりますよね)
だから、それらを自分の中で処理することが必要になります。
・あの人は、どういう意図でああ言ったんだろう?
・わたしがあの場面でやるべきは、何が正解だったんだろう?
特に、わたしは幼い頃から「誰も傷つかない、機転の利いたこたえ」を今後のために考えることを、もはやライフワークとしてきました。
そうした考察を重ねることって、ほんとに脳みそが疲弊するんですが、
私にとっては「多くの情報から真理を追求する作業」といった感じで、
人生の質が上がっていく大きな助けになっています。
また、あらゆる状況とその時の対応を想定しまくって網羅することで、どういう状況になろうと
「あとで後悔することのない振る舞いをして生きよう」
と、年々、道徳的な人間になっていった気がします。
(後悔が一番ひきづるので、そもそも後悔するような局面を作らない!といった感じです)
そうしたことを積み重ねてきた30代後半の今、生活でも仕事でも不要にオロオロすることはなく、
逆に毅然と居られるようになっていて、すごく生きやすくなっています。
あと、HSPの特性である「ひとりの時間が必要」は、まさにその通り。
自分の中に入ってきたたくさんの情報を処理して整理するのは重労働だし、
さらに情報がはいってくるのを避けるために、ひとりでいることを選択するんだと思います。
誰かといたら、何気ない発言をまたキャッチしてしまい、あれこれ思いを巡らせてしまう。
それがまた処理するべき情報になってしまうんですね。
うーん、厄介な特性であります。
外向的?刺激追求? HSPについて図解してみた
生まれつき、外向型HSP?
そして、一部のHSPは刺激追求型?
わたしにはここが一番、難解で。
わたし的に、HSPとしての人生を攻略するにあたって、そこは別に気にしなくてもいいんじゃないかと思えて。
(だってHSPに限らず、それって人それぞれだし、変わることもありますよね)
気にするべきは、上記の共通する基本特性(人によっては+α)であり、
内向型/外向型、刺激追求型/非刺激追求型っていうのは、
それぞれの人生の経験や、学習によって変わってくるんじゃないかと。
イメージとしては、ざっくり、こんな感じです。
生まれた時には、きっと、「生まれつき外向的」とか「刺激追求しないタイプ」とかあるとは思うんですけど、
与えられた環境によっては、必ずしもそういう生き方ができるとは限らない。
だから、自分の居心地のいいポジションを探すという人生ゲームなのではないかと。
HSPの特性上、元来、臆病であると思うなので、左下の「内向的 x 非刺激追求」から人生ゲームがはじまることが多いのではないかと思うのですが、
そこから学習や、チャレンジ(成功体験)を重ねることで、
すこしづつ、「なりたい自分」になっていく。
日々の人生に違和感を感じない、理想の生き方に近づいていくのではないかと思っています。
ちなみに、各エリアを移行するイメージはこちらです。
つづいて、各エリア間の変遷について、わたしの場合で説明します。
鈴山ミミーのHSP人生
どうせ期(0 - 12才)
わたしの場合、きっと生まれつき外向的なタイプだと思うんですが、
スーパー保守的な親の元で、アダルトチルドレンよろしくな感じで育ったので、
なんだか悶々とした幼少期を過ごしました。
参考:
大人に対して、
「理不尽だなぁ・・・」
「デリカシーがないなぁ・・・」
と感じたネガティブな記憶は、3才頃の記憶から残っています。汗
小学校卒業くらいまでは親の影響力が及ぶところも大きく、
子供特有のすこしの万能感と、「どうせ私なんて」という諦めを持っているような、
些細なことでよく思い詰める子供でした。
おそらく、このエリア(内向的 x 非刺激追求)は、わたしにとって、自分らしさを感じられない場所でした。
チャレンジ期(13 - 18才)
小学校でいちばん運動神経が悪いと言われていたわたしですが、
中学生になり、部活動見学で見た花形スポーツに惹かれ、
身長が高くモーレツな勧誘を受けたこともあって思い切って入部。
まだ体罰も容認されていた時代。吐くほどしんどい練習で毎日死にたいとまで思っていましたが、
まさかの キャプテン、しかも エース選手 になってしまった。
マイペースでのろまとして有名で、文化部一択だと思っていたわたしが、
ここからは体育が得意科目となり、大きな成功体験を得ました。
チャレンジすれば人生って変わる・・・!!!
顔とか体型がコンプレックスで、人前であまり笑えなかった。
(じぶんの笑った顔が、人を不快にさせるとさえ思っていました・・・)
今、その頃の自分に会えるのなら、母親が口にするデリカシーのない言葉を気にしちゃだめだと抱きしめてやりたい。
図でいうと、このあたりでしょうか。
ドン底期(19 - 21才)
小さい頃から抱えてきた、理不尽とか悲しみとかいう感情が、ここで一気に暴発します。
わりかし勉強はできるほうでした。
学区トップの高校に行ったものの、正直、大学受験の時点でじぶんは何をしたいのかなんて分からず、
(本当は美術系に行きたかったけど、進学校だったためよほどの熱意がない限り推奨されませんでした)
母親から提示された「大学行くなら、家から通える国公立」と、
とりあえず勉強は得意だし「偏差値が高くて、すごいと思ってもらえる大学にしよう」という
安直な2つの尺度のみでそれなりの大学に入ったわたし。
入学当初からとてつもない違和感に襲われ、ここは居るべき場所ではないと感じつづける暗黒期がはじまります。
そして3年生になった時に、自分でもわからないんですが、
急に勉強ができなくなりました。
成績はよかった。単位も十分すぎるくらい足りてる。(むしろほぼトップだった・・・)
でも、なぜだか勉強できなかった。
やろうと思うと手が震え、動悸が止まらなくなり、一日中ほろほろと涙が流れていました。
今思うと、おそらくパニック障害だったんだと思うのですが、
・親の期待に答えようとしてわたしの人生ここまできてしまった
・すべてもう手遅れだ
・どうせ死ぬのになんで生きてるんだろう・・・?
つらすぎて、そんな風に考えていました。
ふとテレビで流れていた映画版クレヨンしんちゃんを横目に、
「私は5才に戻ってやり直すことはもうできないんだ・・・」
と、消えたくなったのを覚えています。
一気に左下に、どーーーん。
限界突破期(22 - 28才)
チャレンジ期での成功体験があったわたしですが、どうにもこうにも腰が重く。。。
もう、しんどいばかりの人生いやだ。
ラクに生きたい。
でも、そんな人生ってもう生きてる意味ない。
どうしようもない状態の日々がつづきました。
そんな時、もう本当に死にたいと思いすぎて。
「死ぬんだったらもうあとはどうでもよくね?」となり。
これまで、人のことを羨ましいと思いつつ気にしないようにしてきた、
むしろ苦手意識さえあったから手を出せずにいたこと。
やればいいのに「どうせ自分には合っていない」とか、
「親もいい顔しないだろうし」とか、
なにかと理由をつけて自分をあきらめさせてきた、
そんなことに挑戦しました。
結果、目の前が一気に パッカーーン! とひらけて。(!)
目はギンギンの、キラッキラ。
「わたし、人生でまだまだやりたいことある・・・!!!」
メーターが一気に振れてしまい、まるで別人のようになってしまいました。
「自分の人生を手にした!」「これが本来のわたしなんだ!」と強烈に感じた この時からは、不思議と、友人とグループをつくって群れたりすることに興味がなくなりました。
それまでは、なんだか所属意識がないと不安だったんです。
あと、じぶんという人間を臆することなく受け入れることができるようになり、
人前でもよく喋り、きもちよく笑えるようになりました。
そうか、わたしを苦しめていたのは、他の誰でもない「好きになれないこのわたし本人」だったのかもしれないと、今になって思います。
それまでは心の底で恨めしく思っていた親からの抑圧も、ここからは気にならなくなり。
家庭という場が、私にとっては最強の社会勉強だったなぁ、、、と。(遠い目)
母親は「ミミーは 180度、人が変わってしまったね・・・」と、おそらくもう自分の精神的支配下に置けなくなったことを、残念そうにしていました。
(それでもモーレツな攻撃をやめられない母ですが、その話は機会があったらまた書きます)
この時の感覚は、
・わたしは自由なんだ・・・!
・自分という人間を信じて、すばらしい自分の人生を進もう!
といったものでした。
これまでも、わたしはずっとそう生きたかったのかもしれない。
急に人生があかるく、これから先が楽しみなものになりました。
ちなみにこの限界突破期の26-27才頃に、一度、またひどく病んでいます。笑
そうです。
またしても、よく考えずに入った会社で、同じことが起きました。(呆)
実際はすごく考えた上だったんですが、当時はまだインターネットも普及していなかった時代。
そこまで豊富な情報もなく、型にはまった就職活動をしていました。
入社してから必死で働き、正直、普通の人よりは結構できるほうだったんじゃないかと、、、
でも、急に「これは人生をかけてやりたいことじゃない感」で一杯になってしまい、
(うぎゃーーー!!!)となってしまったんです。
しかし、この展開はもう学習済み。笑
せっせと、次なる開くべきとびらを探して、情報収集や各種セミナーへの参加、資格取得などを矢継ぎ早に展開し、脱出に至りました。
この時に学んだのは、
「わたしは24時間365日やれるくらい興味があって、それをやる意義が十分に感じられることを仕事にしなければいけない」
でした。
もはや、神様がわたしにそれを気付かせるために、何度もわたしを病ませ、そして人生を軌道修正させてきたんだと今となっては思えています。
安定期(29才 - 現在)
「24時間365日やれるくらい興味があって、それをやる意義が十分に感じられる仕事」
これは、わたしが大学進学の時に頭をよぎりつつ気にしないようにしていた、芸術系のことでした。
大学を卒業してサラリーマン生活をしていた時にも、結局は、休日にそうした芸術系のことに勤しむのが楽しみで、その他の週5日をがんばって会社で働いているような状態でした。
当時付き合っていた今の夫の転勤を気に、サラリーマンを退職。
他の記事を読んでいただいた方はご存知の通り、夫は、ADHDと受動型アスペルガーの特性を持っています。
退職にあたって夫はめちゃくちゃ寛大で、
「いつ始めたって、ものごとに遅すぎるなんてないよ!」
「そんな君がすてきだ!」
みたいな感じで背中を押してくれて、すこしスクールにも行ったりしながら徐々に仕事になり、今に至ります。
でも正直、そういう世界なんだとは思いつつ、それを仕事にして食べていくのはめちゃ大変。汗
なので、ダブルワークでがんばっていますが、自分にとって今の生き方がものすごく合っていて。
わたしにとっては、お金よりも、やりたいことをやることが最重要なんだなと。
どれだけうまくいかなくても、気持ちは前向きで燃えるばかりなんです。
わたしの人生で「乗り越えるべき困難」に立ち向かってる、みたいな。
生きる上で大事にするべきことの軸なんて、人それぞれでいいんだ。
これまでずっとエリート志向が染み付いていただけに、それを受け入れることにさえ、わたしには時間がかかりました。
きもちが満足して安定しているとはいえ、きっと現状維持を一生つづけることはないので、どこかでまた軌道修正する時が来るのかもしれません。
そしたらまた、図中のすこし上のほうへ行く(チャレンジする)ことを繰り返しながら、自分の心地いい場所を探していくんだろうなと思っています。
HSPが理想の人生のためにするべき行動
これはずばり、
今の自分に違和感があるのなら、情報収集しまくって、チャレンジする
この一点に尽きると思います。
もちろん、「これだ!」と、すぐに見つかることはないと思います。
わたし自身、「生きているのがつらい」「もう死にたい」そんな時間も長かった。
そして、めちゃくちゃいろんなことに、お金も時間も投じました・・・
食に関することと、金融系についてはかなり詳しくなりました・・・。笑
それはそれで、後々の人生でもとても役に立っています。
あとは調査のみで実行しませんでしたが、北海道に住み込みで牧畜の勉強しに行こうとしたり、大学を中退して歯科衛生士を目指そうとしたり、手話の学校に編入しようとしたりもしました。(大学は辞めず、1年追加して5年で卒業しました)
とりあえず、
・なんかちがう・・・
・自分がじぶんの人生を生きていないような違和感がある・・・
・毎日を消費しているような感覚で息してるだけ
そんな風に感じている方がいたら、
情報収集しまくって、チャレンジしてください。
元々、センサーの感度が抜群のHSP。
数打ちゃ当たるではないけれど、どこかで必ず、
魂が揺さぶられるような出会いがあると思います。
それはもう、
・自分がやりたいのは、これかなぁ〜?
・うーん、たぶん、これかもなぁ
とかじゃなくて、
こ、こ、これだああぁぁぁぁ!!!(パアアァァァ)
っていうくらいの、考えただけでワクワクが止まらない、
これじゃなかったらもうなんなんだ!くらいの確信を持てることだと思います。
これまであれこれ考えすぎて思い詰めて生きてきたけど、そのパワーのすべてをこれからは、これのために使って生きる!
自分が内向型とか外向型とか、刺激追求型なのかどうか?って、
あまり調べてあれこれ思い巡らせなくていい気がしています。
今の自分を "なんだか違う" と感じるのであれば、チャレンジしていくしかない。
これは、
自分は生まれつき内向型だから、とか、
非刺激追求型だからチャレンジしなくていい、とかいうのではないと思っていて。
もし、それですごく幸せだったらいいんです。
「わたしは今、サイコーにしあわせに生きています!」と言えたのなら。
でも、もし、周りに対して「どうせ自分には・・・」という羨ましい気持ちを持っていたり、
これでいいんだと、あきらめ半分に自分に言い聞かせている自覚が少しでもあれば、
そうした自分にとっての「理想の生き方」というのは、
チャレンジしないと見つからないんだと思います。
そして見つかったら、その最高な、理想の生き方を追求していけばいい。
一度このフローを経験してしまえば、次にまた同じような違和感を持った時に、
「この時が来た・・・!」と、またチャレンジすることができる。
きっとその時には、前回にやりたいことを見つけた時の成功体験の感覚を思い起こして、より意欲的に行動することができるはずです。
ただ、その最初の一回目の発見までが、おそろしくしんどい。
これは、それだけの覚悟があるのか、神に試されているのだと。
そこまでの道のりは、そりゃあそんなに甘くないよねと。
そういう気持ちで、ひたすら、やりたいことが見つかった後のじぶんをリアルに想像して進むしかないと思います。
チャレンジってこわいし、面倒だし、やったからといってすぐに見つかったり結果が出ることでは決してないけれど。
うまくいかなかった時には必ず、
・これじゃなかったかーー
・これでまたひとつ成功に近づいたぞー
(やってみた上で "これじゃない" と分かると、そのことに対する未練は消えて無くなります)
と、思うようにするのがポイントです。
HSP向け:人生を変えたい時におすすめの本7選
変わりたいあなたへ(3冊)
1. [ 絶対ブレない「軸」のつくり方(南 壮一郎 著)]
「やりたいこと」があるのに、はじめの一歩を踏み出せないすべての人へ。(表紙 そでより)
違う。僕は知っている。
やりたいことは必ずできるということ、そして行動した人だけが味わえる、「感動の瞬間」。そしてそれは、誰にだって、訪れることを。
そのためには、ゼロからのスタートだって問題ない。
かつての僕自身がそうだったのだから。(プロローグより)
そこから驚異の行動力で、楽天イーグルスの創業メンバーとなった、ご本人の実話です。
腰が重くなると、繰り返し開きたくなる一冊です。
2. [ 夢をかなえるゾウ(水野敬也 著)]
自己啓発系で、わたしの大好きな一冊。
情けない自分がいやになり、「変わりたい」と号泣する主人公のサラリーマン。
関西弁をしゃべる、ふざけてばかりの神様 "ガネーシャ" の教えにより、成功する人生をめざすというストーリーです。
教えも深いのですが、それ以上に、そもそも読み物としてめちゃくちゃ面白い。
わたしは20代中盤に読み、自分がめざしたい生き方にしっくりくる教えが多く、周りとちがってもこれでいいんだ!と、勇気ももらえました。
あらゆる人に読んでもらいたい一冊です。
3. [ ガンジス河でバタフライ(たかのてるこ 著)]
大学生の頃、「ミミーは読んだほうがいいと思う」と、友人が貸してくれた一冊。
小心者で、英語もできない、海外に行ったこともないけど、もう!こんな自分を変えたい!!!と、著者が、ひとり旅に出るという実話。
そうか・・・人生を変える、自分を変えるってこういうことなんだな・・・と、
その思い切りのよさや、数々のハプニングなどのすべてがリアルに想像されて、
読みながら、こころの中心核がじんわり熱くなっていくのを感じたのを覚えています。
行動しようしようと思っていたわたしの背中を押してくれた、オススメの一冊です。
こころの糧になる言葉(3冊)
孤独を愛さざるをえないHSPにとって、いい言葉ほど心強いものはないと思っています。
本はよく読むので本当はもっとあるのですが、、、
今回のテーマに合った、じぶんの生き方や信念の支えとなる3冊を選びました。
※ お使いのブラウザ(safari, chromeなど)によって、各サイトへの書籍リンクが表示されない場合があります。その場合は、別ブラウザにてご覧いただけますと幸いです。
1. [ 死ぬまで仕事に困らないために20代で出会っておきたい100の言葉(千田琢哉 著)]
20代で逃げたことは人生の最後までやらされ続ける
(表紙 そでより)
まさに、逃げに走ろうとしていた自分に刺さり、血まみれになった一言でした。
こういうタイトルの本が一時期 書店によく並ぶことが多く、個人的にあまり好きじゃないと思っていたのですが、この本は、
人生・仕事・時間・組織・勉強・情報・交渉・・・と、10のテーマについて それぞれ10こずつの言葉が、それぞれ見開き1ページで簡潔にまとめられています。
著者が大学時代に一万冊の書籍を読み、のちに、仕事を通して3,300人のエグゼクティブ と 10,000人のビジネスパーソンと対話をすることで、
「これは人生においての本質である」
と確信、厳選した言葉をまとめたとあって、心に留めておきたい言葉がたくさん見つかります。
・「みんな一緒ですよ」と言う人には、近づかない。(「人生」より)
・痛いことを言われたときこそ、「なるほど」。(「交渉」より)
・お互いに孤独でなければ、友情は育めない。(「友情」より)
扁桃体のはたらきを制御するために「理論を補強」するという意味でも、HSPには心強い一冊かと思います。
「今のこの人生を、もう一度そっくりそのままくり返してもかまわないという生き方をしてみよ」
(表紙 そでより)
そういう生き方ができている人がいるのか・・・と、なんとも言えない気持ちが沸き起こったひと言。
「自分の人生はしんどいことばかり。私なんて、私なんて」
そんな風に思ってる場合じゃないのかも・・・と、ページを繰るたびに思わされました。
全部で232の言葉が収録されている、大ボリューム。
読む時にはポストイットを用意して、何かあった時には見返していきたい一冊です。
こちらは別の記事で既出ですが、本当にいい、手元に置いておきたい一冊なので再掲します。
小さい頃から、人生の要所要所でじぶんのなかで発見してきた「生きることの真理」みたいな言葉がたくさん書いてあって、
何千年もの間、語り継がれ今ものこる言葉には、積極的に触れるようにしないともったいないと思わされた一冊です。
参考:
まずは自分を知ろう(1冊)
[ さあ、才能に目覚めよう ストレングスファインダー ]
本に付属したコードを入力することで独自のweb診断を受けることができ、
そこで発見された自分の強みや弱みの活かし方などが、本で解説されています。
何をするにも、まずは適性を知っておきたいな・・・という方で、ネットの無料診断などでは物足りない方におすすめです。
短所だと思っていたことが長所として活かせる指摘があったりと、意外な発見があるかもしれません。
こちらの本、購入する際には 中古本を買わないように注意してください。
本に付属しているコードは再利用できないため、web診断ができません。
わたしが読んだものは今となっては旧版となっているようで、今はこちらの新版が出ているようです。
すこし内容も変わっているのかも・・・?
以前読んでからだいぶ経ったので、私もまた買ってみようか検討中。
HSPだからこそ、やりたいことは見つけられる
やりたいことを見つけよう!なんて、あまりにもきれいごとに聞こえるかもしれませんが、
些細なことを敏感にキャッチして、思いを巡らせる、何かあれば対策を施していくという特性は、発揮するべきところで使えば、他の誰にも真似できない、ものすごい力であるはずです。
あと、やりたいことを見つけるだけの思考力や、そこにたどり着くまでの抜群のアンテナを持っているのも、HSPの強みなのではないかと。
「あ〜人生で打ち込めること、俺も見つけたいなぁ」
と、飲み会から帰ってくると、よく言います。
でも、もう次の日にはそんなこと思ってない。
完全に忘れている。
次に飲み会に行って、また、同じことを思って、またぼやいている。
そして翌日にはまた、そんなことは忘れているんです。
きっと、HSPの特性を持つ人って、一度気になりはじめたらその思いがどんどん増幅して、やらざるを得ないところまで気持ちを積み上げられるのではないかな、と。
そこで、
その気持ちにフタをしてその後も生きていくか、
もっとしんどいけれどやりたいことを見つけるチャレンジに出るか。
それは人それぞれで、どっちが正解ということはないんだと思います。
自分は、どちらとして生きていきたいか。
(少しでもモヤモヤしていれば、まずは本を読んでみて、ぜひご自分のこころの動きを感じてみることをおすすめします)
超個人的なこの記事に、参考になる部分がありましたら、とてもうれしく思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
※カサンドラの方でHSPかも?という気づきがあったり、HSP記事としてたどりついて「自分はカサンドラかも」という発見がありましたら、また他の記事も参考にしていただけますと幸いです。